日本に定着した中国文化-印鑑の歴史を中国語で読んでみる

 朝、地元紙の新聞にこんなタイトル-「捺印革命(www.natsuinkakumei.jp)」。「軽く押してもクッキリ捺印・・・」。いつも力いっぱい力んで押していたんですけど、これさえあればがハンコウがきれいにつけるということらしいですよ。ちなみに注文が殺到して生産が追いつかないというようなことが書いてありましたし、ネットのアクセス数もかなりのようですよ。

 ところで、捺印といえば印鑑。印鑑は日本社会にはなくてはならない存在ですが、もとを質せば中国のものですよね。印鑑にも歴史あり、さっそく中国のサイトで調べてみましょう。こんな時いつも利用しているのが、「Baidu百科(www.baidu.com)」。中国関連の調べ物にはこちらのサイトが重宝しますよ。

 印鑑は中国語ですと「印章」。印鑑にはどんな歴史があるんでしょうか・・・。まずは原文を見てみましょう。

 秦以前,无论官,私印都称“玺”,秦统一六国后,规定皇帝的印独称“玺”,臣民只称“印”。汉代也有诸侯王、王太后称为“玺”的。唐武则天时因觉得“玺”与“死”近音(也有说法是与“息”同音),遂改称为“宝”。唐至清沿旧制而“玺”“宝”并用。汉将军印称“章”。之后,印章根据历代人民的习惯有:“印章”、“印信”、“记”、“朱记”、“合同”、“关防”、“图章”、“符”、“契”、“押”、“戳子”等各种称呼。先秦及秦汉的印章多用作封发对象、简牍之用,把印盖于封泥之上,以防私拆,并作信验。而官印又象征权力。后筒简牍易为纸帛,封泥之用渐废。印章用朱色钤盖,除日常应用外,又多用于书画题识,遂成为我国特有的艺术品之一。古代多用铜、银、金、玉、琉璃等为印材,后有牙、角、木、水晶等,元代以后盛行石章。

 ピンインがあるとありがたいですよね。ピンイン表記をするなら、「中国語よめ~る君(youwht.hp.infoseek.co.jp)」。※このページでは単語の横にピンインが表記されますが、実際はルビ形式で表示されます。

 秦qín以yǐ前qián,无wú论lùn官guān,私sī印yìn都dōu称chēng“玺xǐ”,秦qín统tǒng一yī六liù国guó后hòu,规guī定dìng皇huáng帝dì的de印yìn独dú称chēng“玺xǐ”,臣chén民mín只zhǐ称chēng“印yìn”。汉hàn代dài也yě有yǒu诸zhū侯hòu王wáng、王wáng太tài后hòu称为chēngwéi“玺xǐ”的de。唐táng武wǔ则zé天tiān时shí因yīn觉得juéde“玺xǐ”与yǔ“死sǐ”近jìn音yīn(也yě有yǒu说法shuōfa是shì与yǔ“息xī”同tóng音yīn),遂suí改gǎi称为chēngwéi“宝bǎo”。唐táng至zhì清qīng沿yán旧jiù制zhì而ér“玺xǐ”“宝bǎo”并bìng用yòng。汉hàn将jiāng军jūn印yìn称chēng“章zhāng”。之zhī后hòu,印yìn章zhāng根gēn据jù历lì代dài人rén民mín的de习xí惯guàn有yǒu:“印yìn章zhāng”、“印yìn信xìn”、“记jì”、“朱zhū记jì”、“合同hétong”、“关guān防fáng”、“图tú章zhāng”、“符fú”、“契qì”、“押yā”、“戳chuō子zǐ”等děng各gè种zhǒng称呼chēnghu。先xiān秦qín及jí秦qín汉hàn的de印yìn章zhāng多duō用yòng作zuò封fēng发fā对duì象xiàng、简jiǎn牍dú之zhī用yòng,把bǎ印yìn盖gài于yú封fēng泥ní之zhī上shàng,以yǐ防fáng私sī拆chāi,并bìng作zuò信xìn验yàn。而ér官guān印yìn又yòu象xiàng征zhēng权quán力lì。后hòu筒tǒng简jiǎn牍dú易yì为wèi纸zhǐ帛bó,封fēng泥ní之zhī用yòng渐jiàn废fèi。印yìn章zhāng用yòng朱zhū色sè钤qián盖gài,除chú日rì常cháng应用yìngyòng外wài,又yòu多duō用yòng于yú书shū画huà题tí识shí,遂suí成为chéngwéi我wǒ国guó特tè有yǒu的de艺yì术shù品pǐn之zhī一yī。古gǔ代dài多duō用yòng铜tóng、银yín、金jīn、玉yù、琉liú璃lí等děng为wèi印yìn材cái,后hòu有yǒu牙yá、角jiǎo、木mù、水shuǐ晶jīng等děng,元yuán代dài以yǐ后hòu盛shèng行xíng石shí章zhāng。

 軽く機械翻訳にかけて意味を大雑把に掴んでみましょう。「Yahoo!中国雅虎(fanyi.cn.yahoo.com)」で翻訳してみます。

 秦以前、官に関わらず、個人の印はすべて“御璽”を量って、秦が6国を統一した後に、皇帝の印を定めるのはただ“御璽”を量って、臣民はただ“印”だけを量っています。漢は諸侯の王、王の皇太后に代わって“御璽”のと称します。唐武則天の時に“御璽”と“死にます”の近い音(も“やめます”の同音なと言い方があります)を感じるため、すぐ“宝”に改名します。唐至清は古い制度“御璽”の“宝”そしてに沿って使います。漢の将軍印は“章”を量っています。その後、印章は歴代の人民の習慣によってあります:“印章”、“公印”、“しるし”、“朱記”、“契約”、“関所”、“印鑑”、“合います”、“契約”、 “おさえます”、“印鑑”などは各種は呼びます。戦国時代と秦漢の印章は多く封発の対象、書簡のとして用いて使って、印蓋を封泥の上で、個人がはずすことを防ぎます、そして手紙を行って検査します。役所の印判はまた権力を象徴します。後筒の書簡は交換して紙の絹織物になって、封泥のが使うのはだんだん不用です。印章は朱の色を使ってふたを押して、日常の応用の以外、また書画によく使われて知っていることを書いて、すぐ我が国の特有な芸術品の1つになります。古代銅、銀、金、玉、瑠璃などをよく使ったのは材料を印刷するので、後歯、角、木、水晶などがあって、元代後で石章に盛んに行われます。

 「御璽」は日本でも天皇の印のことをいいますよね。書道でも印を押したものを見たことがあります。印鑑の材質というと値段の高いのは象牙でしたっけ・・・。昔も今もあまり変わらないようですね。

 毎日仕事で印鑑を使いますが、いつか朱がなくなってしまいますよね。印鑑って良いものは値段が結構するので百円ショップのものを使っていますが、すぐに赤いインクがなってしまうんですよね。まあ~、使いすぎということもありますけど・・・。プリンターもインクが命ですが、印鑑も同じ。永久にインクの消耗しない印鑑。これを発明して特許をとれば、寝て暮らせるかも・・・ですね。でも、もしかしたら出来ないこともないかもしれませんよ。早いもん勝ち!!